ボヘミアンな年末年始  その1 ボヘミアン・ラプソディ

2019年お初です。

今年もどーぞよろしくお願いいたします。

先日、ボヘミアン・ラプソディを観て来た。

日比谷の映画館、キレイである。

観客いっぱいだったからカードのみ対応のドリンク販売もよい。

混んでる時はやっぱりカード決済だと早い。

三連休初日だったためもあり16:30からの上映、館内満席。

QUEENの曲はやっぱりスゴイな。

70年、80年代のイギリス音楽はスゴカッたけどQUEENはまた特別。

生き急いでしまったフレディの人生を垣間見ることが出来る映画だったけど

いろんな場面から受ける刺激は今現代に生きている人間としては

かなり羨ましかった。めーいっぱい熱を受ける映画。

才能と運命と出逢いと欲望と愛、かな。

もう何年もたいしてテレビを見ない生活をしてる。

だから日本の歌の世界で何が流行ってるかも知らない。

興味も湧かないからいいんだけど、

いつ頃からか日本の歌謡曲って、愛してるとか、想ってるとか、こんなにどんなにどうのこうの・・・とか、

すっごくつまらない歌ばっかりになった。

おまけに、声も割れるし大した歌も歌わない人が歌姫とか言われちゃって

ま、これも過去の話になるみたいだけど

POPにしろロックにしろバラードにしろ心を鷲づかみにされる歌ってもう何年も聴いていない。

これって、有能な作詞家がいないせい?

ボヘミアン・ラプソディ観ると、曲が出来るきっかけって思わぬ時に起きる。

思わぬ時に起こる身近なことをきっかけにしてしまうってのもやっぱり才能なんだろうな。

QUEENの時代をリアルに知らない世代だけど

黄金期だった当時のイギリス音楽は今でも好きだ。

ちょうどフレディが亡くなった時期にイギリスにいたのだけど

ダイアナ妃はケンジントン宮殿で2人の小さな男の子を育てていて

そのケンジントン宮殿は周囲に住む住民からはまるでお隣さんの様に身近に感じられたものだ。

フレディの家もそこからそう遠くない場所にあって

ああ、あの地域でフレディは逝ってしまったのだな、と思うと

同じ時代を生きていたんだな、なんてちょっと思う。

その頃 私はジョージ・マイケルが好きで、ジョージが住まいを持っていたハイゲートを探索に行ってみたりしたものだけど

ゲイになる人ってスッゴい才能の持ち主なのかしら? なんて思ってしまう。

話はちょっとそれるけど、

お顔がいい人って頭脳も良いらしい。

これって、神経の配列がきれいにつながってるってことかしら?

頭の中で整然とつながった神経回路がこれまた整然と表面の目や鼻や口にきれいにつながることで脳回路も表面のお顔立ちも良くなるってこと?

フレディが言ってたけど

いわゆる出っ歯のおかげで(出っ歯とは言ってなかったな)

口の中が広いお蔭でああいういい発声が出来るって。

自分をよく理解してるな。

ボヘミアン・ラプソディは、

つまり、

聴き手を飽きさせない曲、歌である。

と、突然結論となってしまった。

今日の一句

ボヘミアン 実はなりたい ボヘミアン

横田めぐみさんが1日も早く帰国できますように。

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