小説 「時の朱色」 第3回 嘘

* 「時の朱色」第一回はこちら↓

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向かった先はポルトガル料理の店だった。土曜のせいか客はまだ少ない。

「前に一度来た事があるの。気取らなくてもいいお店でしょ」

頼子はメニューを眺めながらちらと僕を見て笑顔になった。

「ポルトガルか。行った事ないな」

「私も。でもきっと行くの。いつかね」

「頼子だな」

「そう?」

「やりたい事を果たす人生の主さ」

「主?なんかロマンティックじゃないわね」

「人生の主になれる人間なんてそうはいないんだから頼子はスゴイって自覚してもらいたいね。大体の人間は人生の方が主になってるからね」

「人生が主って?」

「人生という大きな命にああだこうだ言われて生きてる」

「へえ」

「僕もその中の一人でね」

「何言ってるんだか。それで?今日はその人生に何を言われたの?」

「いつになったら私と結婚してくれるの?ってさ」

「櫂の人生は女性?」

「さあ?ただそんな風に思うだけだよ」

「要するに、その人生とまだ結実していないってことね」

「だなー」

「櫂は、考え過ぎるから」

「そうでもないよ」

「ま、いいけど。ね、これ美味しいの」

頼子はメニューの行を美しい人差し指の先で指して見せた。ポルトガルビールと数種の料理を頼むと頼子は背もたれに身を任せた。

「お疲れさん」

と、僕は、言った。

「ありがとう。疲れたわ。人疲れかも」

「いつもカンバスに向かってる人間には騒々しかったかな」

「さっきのこと?」

「僕でもびっくりしたからさ」

「そう言えば、さっきの女性、何を描いて欲しかったのかしら」

「あの女性?」

「そう。さっきのあの女性」

「何か事情があったのかも知れないな」

「気になる?」

「別に」

「綺麗な女性だったわね」

「ああ」

僕は、嘘を吐いた。もしも僕で良ければその絵とやらを描いてもいいと思った。ただ僕の絵は頼子よりもタッチが強い。女性にはあまり好まれない絵だ。頼子独特の線と色遣いは既に高校時代に原型が出来ていたが、海外生活の中で生まれ変わったその世界は芸術品と言われるにしてはあまりにもシンプル過ぎる程だ。だがシンプルが故に揺るぎ無い個の魅力を備えている。

「ねえ、もう絵は描かないの?」

と、頼子が、言った。

「描く理由が無いからね」

「絵を描くのに理由なんて要る?面倒な人。人が生まれる理由を考える様なものじゃない」

僕は、頼子に何かを言いかけたが、ウェイターが料理を運んできた為に気を削がれた。そのまま何を言いたかったのか忘れてしまった。

「小説は?」

ビアグラスを掲げた頼子は、まるで別れた恋人の様な目をしてそんな事を言った。グラスを乾杯すると、頼子は僕をじっと見て微笑んだ。

「小説?」

「小説を書いてるって言ってた」

僕は、喉の奥に落ちたビールのせいで数秒言葉を出せなかった。頼子が可笑しそうに僕を見ていた。

「この世の作家が一体どれだけ書くに値するものを書いてるかって事を考えてるよ。それだけだよ。どれだけ小説が生まれたって、この世は平和にも楽園にもならないじゃないか。現実を書いたって理想を書いたって、所詮世の中は変わったりしない。誰かがこの世の本当の真実を書かない限り人間は変わらないんだ。そして、その真実ってのが何なのか、知ろうとしている人間がいるのか、僕には分からない。けど、自分が書きたい小説が今はまだ形にならないって事は分かってる。そんな感じだよ」

「何だか難しいわね。思った事を書けばいいじゃない?」

「簡単に言うね」

「櫂なら書けそうだからよ。思うままに書けばいいじゃない?」

「思うまま?そうだな。フランスが女をクールにするのか、クールな女がフランスをクールにするのか。目の前にいる絵描きは日本人なのか、それとも日本人じゃないのか。僕を見ているその瞳が例え僕の事を情け無く思っていても僕はそれに気付かない振りをしなければならず、僕は頼子を自慢にも思うけれど、いささか劣等感の源にも感じている。それは単に僕が器が小さい人間だからで。ま、気にすんな。僕は頼子を大切な友人として愛してるよ」

「何言ってるの」

「気に障ったか」

「いいえ。本音が聞けて光栄です」

細い頼子の指がナイフを持っている。僕の知らない頼子を見ているような気がした。

「今日昼間、図書館に行ってたんだ。ショパンについて知りたくてね」

僕は、言った。

「珍しいわね。私達の共通点の一つは音楽の才能が無いって事よ。また、どうしてショパン?」

「昔好きだった女性が好きだったんだ。それを思い出したらショパンを知りたくなった。ショパンなんて中学の音楽室の壁以来だよ。あの肖像画の一人に興味を抱くなんて想像した事あるか?人生何が起こるか分からないもんだ」

「好奇心旺盛でよろしいんじゃない?」

「僕達の共通点だろ。衝動で行動してしまうってさ」

「否定はしないけど。私達、何かに出逢ってしまった瞬間にスイッチが入っちゃうのよね」

「似た者同士なんだよな」

「でも私達、結婚はしない仲だわ」

頼子は、冗談めかした。

「突然何だよ」

「何故だと思う?」

「さあ。でも多分、分かり過ぎるからなんじゃないかって思わなくもない。お互いをさ」

「そうかも。でも理由は他にもあるわ。それはね、櫂が未だに運命を信じてるからよ。ロマンティックなドラマを創りたいんだわ。で、私は運命の相手では無いって判定を下してる。図星でしょ」

頼子は、笑った。僕は舌を巻いて苦笑し、頼子が笑うのを見ていた。

「櫂は王子様でいたいのよ」

僕は、思わず噴き出した。

「果ての国ってのは哲学者ではなく詩人を生むんだろうな。ポルトガル料理ってのは演歌の味がするよ」

「どういうこと?」

「東の果てと西の果て。片や演歌、片やファド。日本とポルトガルって似てるんだろうな。風とか、男と女とか。諦め方とか」

「上手く逃げたつもりでしょ」

「頼子が変なことを言うからさ。何も逃げちゃあいないよ。答えの無いことがあるって言ったのは頼子だろ」

「一体私達何を話してたんだっけ?」

「何か、似た者同士とか?」

「そう。似た者同士」

「似た者同士なのにどうしてこんなに違う人生なんだろうな」

「櫂は欲張りなのよ」

「そんなことないさ」

「そう?お金も欲しいしストレスも欲しい。何かに縛られてる自分が好きなんでしょ」

「いつからそんなに残酷な人間になったんだよ」

「残酷?」

「ストレスが欲しいなんてさ」

「ごめん。そうよね。ストレス欲しい人間なんていないわよね」

頼子は、ふと何かを考える表情になり、

「頼子は、結婚はしないのか?」

と、僕は、言った。

「さあ。どうなのかしら」

「珍しく消極的じゃないか」

「自分が幸せでいられる先にそういうものがあるならしてもいいけど。どうなのかしら?」

「頼子と頼子の絵を愛してくれる人募集ってポスター作るか」

「それ、世界中に配ってくれる?」

「頼子が本気ならやりますとも」

「私達って最高」

頼子は、グラスを掲げるとそれを一気に飲み干した。

第4回へつづく

 

「時の朱色」第4回はこちら↓ ©

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< この小説はフィクションです >

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